広島県福山市の鞆 (とも) の浦で、県と市が進める埋め立て・架橋事業をめぐって、反対する住民ら159人が県知事を相手取り、埋め立て免許の交付の差し止めを求めた訴訟を行った。その判決が10月1日、広島地裁であった。計画は鞆の浦の一部を埋め立て、長さ180メートルの橋をかけようとするものだった。
判決は、その景観について、住民の利益にとどまらず 「国民の財産」 と踏み込み、「景観利益は法律上の保護に値する。」 というものだった。景色を守るために公共事業が止められるのは初めてといわれている。
残念ながら鞆の浦には行ったことがなく、どのようにすばらしい景観かは知らない。今年1月、金子・前国土交通相が 「国民の同意を取り付けてほしい」 と認可に慎重な姿勢を示していたぐらいだから、かなり無理な計画だったのかも知れない。
しかしテレビで見ると、狭い道路をトラックが縁石に乗り上げて対向車を交わしていた。道路沿いに住む人や自動車を運転する人にとっては、橋を架けるなり、別な道路を造るなりして欲しいに違いない。景観や自然保護は難しい問題だが、何とか旨く解決して欲しいものだ。
話は跳ぶが、昔、木曽の馬籠宿、妻籠宿に行ったことがある。江戸時代の中山道が見事に保存されていて驚いた。しかもナントカ・ランドのように、建物が建っているだけではなく、観光に生かしながら、昔の面影が残る家々で生活しておられた。ずいぶんと不自由な生活を強いられている。
売店の方におうかがいすると、街道筋にあった電柱を移転し、軒先への電線・電話線も各戸の裏側からの配線に変更した。テレビアンテナや自動販売機から、冷蔵庫、洗濯機、蛍光灯照明に至るまで、街道から見えないように配慮されている。簡単には増改築も許されない、とのこと。
馬籠宿や妻籠宿は景観のすばらしい観光地だが、一生に1回、多くても数回しか訪れない。そのために現地の人たちは、毎日大変な不自由を堪え忍んでいる。若い人たちはその生活に耐えられなくて、都市へと流出し、高齢化、過疎化が進展する。それでも観光地として生活する以上はやむをえないのか。
しあわせの村からは明石海峡大橋がよく見えるが、橋の近くには展望台もあり、今では橋自体が景観の一部になっている。「ルミナス神戸2」 の神戸港クルーズや明石港から出る明石海峡クルーズでも、この大橋が重要なポイントになっている。乗客は橋を横から、下から見て撮影している。
橋のおかげで四国は近畿経済圏に組み込まれ、物流は私たちの生活を潤している。フェリー業界は乗客が減って困っているが、神戸からみて四国は近くなった。徳島に実家のある友人も、おかげで日帰りできるようになりました、といって喜んでいる。琵琶湖大橋についても同じことがいえる。
歴史に 「たら、れば」 は無意味かも知れないが、もしかりに、お金を全くかけないで、明石海峡大橋を撤去できるとしたら、どうだろう。撤去して元の明石海峡に戻して、景観を守るだろうか。それならいっそ、もっと戻して地引き網があった須磨の海岸に戻して欲しい。
「里山を守ろう」 という取り組みも全国にあるが、元々照葉樹林に覆われていた日本列島に、農耕するわれわれの先祖たちが住み着き、照葉樹を切り倒して自然を破壊した結果、里山二次林が生まれた。その後里山は農家の生活を支えてきた。
しかし、電化が進み石油燃料が使われるようになって生活様式が変わり、里山の必要性がなくなった。農業の進化も影響している。放置すれば元の照葉樹林に戻ってしまうのを止めることが、自然保護になるのだろうか。
そもそも人類の歴史は、景観や自然環境を変更し、破壊することで進んできた。地球の生態系を壊し、変えてきた。そのことによって人類は、便利で暮らしやすい生活を築いてきた。環境と暮らし、この二律背反的な命題は、簡単には解決できない難しい問題だ。
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